映画

2016.12.15

男を翻弄する“自然そのもの”の女優「日活ロマンポルノ・リブート」Vol.2 塩田明彦監督

取材・文=大谷隆之/Avanti Press

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隠遁生活を楽しむ元劇作家(永岡佑)と謎の女・汐里(間宮夕貴) (C)2016 日活

日本映画が低迷していた1971〜1988年、低予算で約1100本もの成人映画を送り出し、数多くの才能ある監督・脚本家を育てた「日活ロマンポルノ」。そのスピリットを現代に継承しようとする挑戦的企画が、11月26日に始まった。その第2弾となる塩田明彦監督の『風に濡れた女』は、スクリーンに溢れる女性の生命力とユーモアで観客を魅了し、スイスの「ロカルノ国際映画祭」でも喝采を浴びた。『映画術 その演出はなぜ心をつかむのか』(イースト・プレス)などの著書もあり、日本映画界きっての理論派としても知られる塩田監督が語る、本作にかける思いとは?

ヒロイン・汐里は、いわば“自然そのもの”

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(C)2016 日活

主人公は、都会の喧噪を避け、田舎の掘っ立て小屋で自給自足の暮らしをしている元劇作家・高介(永岡佑)。世捨て人を気取っている彼のもとに、ある日突然、汐里という謎の女性が現れる。その登場シーンが鮮烈だ。港で男がたたずんでいると、はるか遠くから自転車に乗った女が近付いてくる。女はそのまま海に突っ込み、やがて陸に這い上がると、男の目の前で濡れたTシャツを自分で脱ぎ捨てる──。

「リブート・プロジェクトのオファーを受けた際、ふと浮かんだのがこのファースト・シーンでした。おそらく僕のなかには、ロマンポルノの名作と言われる神代辰巳監督『恋人たちは濡れた』(1973年)のイメージがあったんだと思います。あの映画のラストでは、自転車に乗ったまま海に沈み込んでいく男と女が描かれていた。そこから始まる話というのは、インパクトがあっていいんじゃないかと」

出会っていきなり、「今晩、泊めてもらえない?」と持ちかける女。その申し出を断った高介は、汐里に“ロックオン”されてしまう。さまざまな手段で挑発され、焦らされ、その気になったところでお預けを喰わされ……。神出鬼没な女に翻弄され、だんだん地金が露わになっていく男の間抜けさが、なんとも可笑しい。

「この物語における汐里という女性は、いわば“自然そのもの”なんです。彼女の行動には理屈とか意味はなく、ただ風のように気ままに生きている。いったん理性の回路を通す男たちはつねに一歩遅れをとり、敗北していくわけです。『お前みたいな男、さっさと私に喰われてしまえばいいものを、偉そうに拒絶するならメチャクチャ振り回してやる』という感じでしょうか(笑)」

もちろん“女性=自然そのもの”という構図も、実はありがちなステレオタイプの1つではある。「でも、今回はあえて最初にその図式をあっけらかんと提示することで、ある種の大らかさを楽しんでもらいたかった」と、塩田監督は話す。

肉食獣の“余裕たっぷり感”を体現した間宮夕貴

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奔放なヒロインを体当たりで演じきった間宮夕貴 (C)2016 日活

グラマラスな肢体で思い切りよく汐里を演じたのは、女優の間宮夕貴。オーディションで見せた物怖じしない雰囲気と演技勘のよさに、監督が惚れ込んだ。

「ふてぶてしいというのとは違うんだけど、会場に入ってきてから出ていくまで、他の誰にもなかった余裕を感じました。オーディションでは男女が激しく口論する短い台本渡してみんなに演じてもらったんですが、他の人たちが刺すか刺されるかみたいな芝居になっていくなか、間宮さんだけはサラッと演じて帰っていった。その役の解釈が、僕の求めていたヒロイン像に近かったんですね」

作品にとって大切なのは、汐里という女性が主人公に対して、「ライオンが小動物を狩っているような」余裕の態度でいつづけること。監督はクランクインの前、間宮に「撮影が始まったら、自分がこの世界でいちばんエライ人間だと思っていてください」と繰り返し説明し、納得してもらった。

「永岡佑さんも、共演の鈴木美智子さんもキャリアのある俳優さん。僕自身、監督としてそれなりの経験と実績がある。間宮さんは自分がいちばん新人だという自覚があるから、つねに『何でも言ってください!』みたいな感じでハキハキ応えてくれます。でも汐里はこの映画空間すべてを支配する存在なので、それだとマズイわけですね。なので彼女には『極端な話、撮影が始まったら誰にも頭を下げなくていいから』とまで話した。それに『ハイッ!』と応えると、『いや、そのハイがすでによくない!』というね(笑)。でも大したもので、彼女、現場に入ると雰囲気がまるで変わっていた。演技だけじゃなくて、待ち時間のたたずまいも悠然としていて……あれば見事だと思いました」

男女の絡みを、アクションとして撮りたかった

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格闘シーンさながらに激しくぶつかる高介と汐里 (C)2016 日活

“成人映画”という言葉にまとわりつく淫靡さが希薄なのも、『風に濡れた女』の特徴だろう。男女の濡れ場はたびたび描かれるが、そのどれもがダイナミックで、役者同士が織りなす動きの面白さをユーモラスに捉えている。「絡みをアクション映画のように振り付けてみたかったんです」と塩田監督。

「かつて量産されていたロマンポルノのなかにも、実はそういう映画はあったんですよ。たとえば先ほど名前を挙げた神代辰巳監督の作品にしても、すごくエロティックな描写もあれば、男女の絡みを動きの面白さだけで見せている瞬間もある。そのバランスが作品としての豊かさを生んでいたと思うんです。今回の僕は、それを思いきりアクション方向に振ってみた。オリジナルな表現を創ろうという意識は強くありますが、与えられた枠組み内で好き放題やらせてもらってるという意味では、これはこれで伝統に沿った作品と言えるかもしれません」

クライマックス、感情が極限まで昂まった高介と汐里は、掘っ立て小屋のあるだだっ広い空き地で文字どおり取っ組み合う。いったんは高々と担ぎ上げられた汐里が、逆に両足で高介の首を絞め落としたり……ほとんど殺陣を思わせるダイナミックな演出。

「ここだけは撮影前に3人で何日もリハーサルを重ね、入念に動きを固めました。要するにこの場面は、アクションであると同時に前戯でもあるわけです。本来は両立しない2つのものを、俳優の具体的動きに落とし込まなければいけない。身体と身体を本気でぶつけ合いつつ、そこにはプロレスのブック(試合運び)のように阿吽の呼吸も必要とされる。演出としてはそうとう微妙、かつ手間のかかることをやったつもりです」

香港カンフー映画から勇気をもらった

過激な“アクション前戯”を組み立てていくうえで、監督が思い描いていたもの。意外にもそれは、自身が大ファンだという「香港のカンフー映画」だったそう。

「ジャッキー・チェンの初期作とかもそうなんですけど、昔のカンフー映画というのは、しばしばクライマックスの場がだだっ広い空間なんですよ。“♪ジャーン!”という大仰な効果音が流れて、20メートルくらい離れて主役と悪役が向き合う。実はこれ、西部劇の設定から来てまして。特にマカロニウエスタンの対決シーンに強い影響を受けています。でもね、20メートルというのはあくまで拳銃の間合いであり、徒手空拳のカンフーではその距離を埋められないという事態がしばしば生じるわけ(笑)」

その不合理きわまる設定を、あの手この手で無理やりに成立させることで、かつての香港カンフー映画は独特の面白さを創りだしていた。そう塩田監督は語る。

「主役と悪役が同時に『アアアーーーッ!』と叫んで駆け出すとか、ジャンプして空中で衝突するとか、チャーミングとしか言いようのない手法がたくさんありますよね(笑)。僕、かつての日活にも似たところがあったと思うんです。量産体制のなかでオリジナリティーを競いあい、多様な描写が生まれていった部分はね。その意味で今回、クンフー映画にはシンパシーを感じていたし、ある種の勇気ももらいました。70~80年代の日活撮影所が持っていたある種の豊かさをいま再起動させるならば、広い空間を縦横無尽に使った、格闘みたいな絡みがあってもいいじゃないかと(笑)。そんなことも感じながら撮っていました」

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演出中の塩田明彦監督 (C)2016 日活

塩田明彦監督 1961年、京都府生まれ。立教大学在学中より黒沢清、万田邦敏らと共に自主映画を制作。その後、多数のロマンポルノ作品で脚本を手掛けた大和屋竺の下で脚本を学ぶ。劇場デビュー作『月光の囁き』(99)と『どこまでもいこう』(99)がロカルノ国際映画祭に正式出品。2001年、宮崎あおい主演『害虫』(02)でナント三大陸映画祭審査員特別賞・主演女優賞を獲得。『黄泉がえり』(03)、『どろろ』(07)が興収30億円を超えるヒットを記録するなどメジャー大作も多数手掛ける。著書に『映画術 その演出はなぜ心をつかむのか』(イースト・プレス)など。近年の作品に『抱きしめたい』(14)などがある。

『風に濡れた女』(R18+版)
2016年12月17日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

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