『葛城事件』公開中
© 2016「葛城事件」製作委員会
文=鈴木元/Avanti Press
「『アウトレイジ』がいけないんですよ。あれで、そんな(強面な)イメージがついたから」
映画『葛城事件』の完成披露試写会で主演の三浦友和が放ったひと言だ。もちろん冗談だが、それほどまでに同作での怪演は強烈なインパクトを残す。
三浦といえば、1970年代の青春スター時代から二枚目路線で、正義感にあふれた実直、誠実な役柄のイメージが強かった。山口百恵さんとの結婚(1980年)後もそのイメージはついて回り、2006年から始まった「理想とする有名人夫婦ランキング」は、昨年まで無傷の10連覇。百恵さんとの夫婦仲、良き家庭人として話題になることも多い。
フィルモグラフィには、『悲しきヒットマン』(89)や『極道の墓場 フリージア』(98)といった任俠・やくざ映画の主演もあるが、二枚目&誠実なパブリックイメージから脱却したとは言い難かった。
しかし円熟味を増した50代に入り、明確にイメージ打破を打ち出していく。2006年の『松ヶ根乱射事件』、07年『転々』と見た目から変貌を遂げ、見事なダメ親父っぷりを披露。そして10年、『アウトレイジ』で北野武監督によって新境地を見いだす。
やくざ組織・山王会若頭の加藤。物静かだが謀略に長け、12年の続編『アウトレイジ ビヨンド』では会長にのし上がる。「この野郎!」「俺を誰だと思ってんだ!」と暴言、罵声を浴びせる姿は圧巻。北野武監督も、「誰も、三浦さんのああいう演技を見たことがないと思うんで、俺は内心ほくそ笑んでいたな。やった、やったと思って。すごく新鮮だったし、他の監督は、あっ、やられたと思ったはずだよ」とその演技に太鼓判を押した。
『葛城事件』公開中
© 2016「葛城事件」製作委員会
『葛城事件』で演じた葛城清の家は、妻と息子2人と、私生活と同じ家族構成。しかし、そこに素の三浦の姿はみじんもない。“理想の家族”を求めて家族を抑圧したがゆえに、長男はリストラされたことを言い出せず、妻は精神を病む。次男にいたっては通り魔連続殺傷事件を起こし死刑判決。家族は崩壊する。だが清は、世間の白い目にも平然と「俺が一体、何をした」とのたまい、「息子を裁けるのは国だけだ。国があいつを処分してくれる」と開き直る。だらしなく体を太らせ、ひげも伸ばし放題と、役づくりも徹底している。
冒頭の言葉の後、「AB型なので、多面性はあるかな。多重人格だと思っているし、そうでないと役者は務まらないこともあるから」と話している。赤堀雅秋監督に「10年に1度の作品に出会えた」とメールを送ったのも自信の表れだろう。
一方、『64』2部作では、誘拐事件の陣頭指揮を執り、事務所の後輩で主演の佐藤浩市扮する部下を鼓舞する県警捜査一課長を演じている。作品に一本の筋を通す存在感で、ベテランらしい好演が印象に残った。
その『64』の佐藤をはじめ、『海よりもまだ深く』の阿部寛、『日本で一番悪い奴ら』の綾野剛と、今年は早くも主演男優賞候補がひしめき合っている。その中心にいるのが三浦ではないだろうか。年末の賞レースが今から楽しみになってきた。