『TSUKIJI WONDERLAND』
©2016 松竹
文=皆川ちか
世界中にその名が知れわたるフィッシュマーケットにして、観光地としても独自の地位を確立している築地市場。移転にまつわる報道をはじめ、ここでしか味わえないグルメやここならではの観光スポットなど、築地にまつわるニュースや特集は、連日のように雑誌やテレビ番組で取り上げられている。
けれど、私たちは本当に“築地市場”を知っているのだろうか?
たくさんの海産物が並び、活気あふれるセリが行われ、おいしい食事もできる場所。名前も存在も知っているけれど、具体的に何が、どのようにして行われているのかは知らない……、実はそういう方も多いのではないだろうか。
築地市場で働く人々が築く濃密なネットワーク
『TSUKIJI WONDERLAND』
©2016 松竹
ドキュメンタリー映画『TSUKIJI WONDERLAND』は、築地市場で働く人びとや、そこを訪れる人びとにカメラを向けて、市場の内面世界を大胆に、そしてしなやかに冒険する。
中心となって登場するのは、“仲卸”の人たちだ。卸売業者から買った品物を、小売業者や市場へ買い出しにくる人に販売する業種で、水産物部だけでも約600軒が存在している。マグロを筆頭にエビ、貝類、川魚など細かい専門分野に分かれ、プロの目で、その日その日の価格を決めていく。
刀のように大ぶりの包丁を操り、3人がかりでマグロを解体してゆく鮮やかな手際。魚の身の色を入念にチェックしつつ、愛おしげに見つめ、手でさわって鮮度を測るこなれた動作。取材に答えるどの人物も、情熱をもって魚について語り、その表情は実に生き生きとしている。
“仲卸”から魚を買う“買出し人”も多種多様だ。「すきやばし次郎」「浅草みよし」といった和食の名店の料理人から、フードスタイリスト、魚屋、学校給食の業者。独創的な料理で知られ“世界一のレストラン”と称されるデンマークのレストラン「noma(ノーマ)」のシェフ、レネ・レゼピも来訪し、築地市場の魚介の質の高さと、それを扱う人びとのプロフェッショナリズムに驚嘆する。
市場ではさらに、魚の保存に欠かせない氷の製造販売人、冷蔵冷凍施設や運搬運送に携わる人びと、卸売業者から直接セリや取引によって品物を買う“売買参加者”などなど、実に様々な人間と職業が存在し、濃密なネットワークを構築している。
働いている者同士の間に流れる誇りにも似た信頼関係
『TSUKIJI WONDERLAND』
©2016 松竹
市場の時間は24時間切れ目がない。午前0時にはセリ場に荷が並び、5時過ぎには仲卸店舗が営業を開始。場内のあちこちで売り上げの集計が終わる夕方にはもう翌日の荷が届くなど 、常にどこかで何かが動いている。
築地市場は生きている。
たくさんの人が会話によって、本日の荷にまつわる情報を伝え、教え、譲り、牽制しあっている。この場所で共に生き、働いている者同士の間に流れる、誇りにも似た信頼関係。目には見えない、けれど、だからこそ尊い彼らの想いやプライドが、映像のいたるところから滲んでくる。こればかりは足を踏み入れなければ分からない築地市場の姿だ。
80年もの歴史に間もなく幕が下ろされる、東京都中央卸売市場築地市場。ここは世界随一の食の最前線であると同時に、人と人がつながりあい、信じあう場所でもある。本作は最上の食とプロフェッショナルな働き手が一体となった築地の世界=ワンダーランドに彷徨い込んだ気分になる、体感度満点のドキュメンタリーだ。
『TSUKIJI WONDERLAND』
©2016 松竹
『TSUKIJI WONDERLAND』
2016年10月1日(土)築地<東劇>先行公開/10月15日(土)全国ロードショー
監督・脚本・編集:遠藤尚太郎
配給:松竹メディア事業部
©2016 松竹