文・撮影=中山治美/Avanti Press
こちらがバスク名物チュレタ。塩だけでシンプルに食べる。肉好きには堪りません(Asador Illarra)
スペイン・バスク地方にあるサンセバスチャンは、日本でも近年“美食の街”として知られ、旅行ツアーにも組み込まれるようになった。あのハイパーメディアクリエーターの高城剛氏も「人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか―― スペイン サン・セバスチャンの奇跡」(祥伝社)を記したほど。この街をあげての“料理推し”は徹底しており、今年で第64回を誇る老舗映画祭「サンセバスチャン国際映画祭」にも料理映画(キュリナリー・シネマ)部門を設けている。食をテーマにした映画の鑑賞と、スター・シェフによる映画にちなんだ特別ディナーをセットにしたイベントもあり、これが各80席が予約開始15分で完売となる人気企画に。いまや世界一!? の予約困難なディナーに、日本から必死の思いでパソコン予約してチケットをゲットし、スペシャルな時間を体験してきた。
今年の上映作は7本。うちディナーの予約が取れたのは、国民一人あたりの肉の年間消費量が世界一と言われるアルゼンチン人の肉食文化を紐解いたドキュメタリー映画『トド・ソブレ・エル・アサド(原題)/TODO SOBRE EL ASADO』(アルゼンチン・スペイン合作)、作家・歯科医師・女優として活躍する一青妙原作のエッセイを原作にした劇映画『ママ、ごはんまだ?』(来年公開)、築地市場に1年以上密着したドキュメンタリー『TSUKIJI WONDERLAND(築地ワンダーランド)』(東劇で先行公開中。10月15日より全国公開)の3作。ステーキ、台湾料理、魚料理と、我ながら実にバランスの良いセレクション。さらに、この日の為だけ腕を振るうシェフたちがすごい。
第一夜:炭火焼がウリの山小屋風レストランAsador Illarra
1夜目は『トド・ソブレ・エル・アサド(原題)/TODO SOBRE EL ASADO』のディナー会場は、街中心部の上映会場から車で移動すること約15分。郊外の山間部にある山小屋のようなレストラン「Asador Illarra(アサドール・イジャラ)」。炭火焼がウリで、シェフのホセアン・エズメンディは、2010年のサンセバスチャン美食会議ステーキ部門の優勝者だ。チョリソーやメルルーサという地元の魚のグリルが提供されたあと、メーンはもちろん肉。映画の中で、さんざん肉がジュウジュウ焼ける音を聞かされていたので、期待度マックス!
左上から時計回りに、自然に囲まれた場所にあるAsador Illarra
サンセバスチャン名物の一つ、ギンディージャ(青唐辛子)のフリット。酒のつまみに最高
炭火で豪快にステーキを焼くシェフのホセアン・エズメンディ
季節の野菜のソテー。野菜は自家栽培(Asador Illarra)
登場したのは、アルゼンチン風とバスク風2種類のステーキ。実はバスク地方もチュレタという熟成肉のステーキが名物なのだ。焼き具合もあるが、アルゼンチン風は血がしたたるようなレアで、バスク風は表面がカリッと。同席した、サンセバスチャンから車で約1時間のビトリア・ガスティスという街から来たという女医さんに「どっちが好き?」と尋ねられた。迷わず「チュレタ」と答えたら、「そうよねー」とニッコリ。やっぱりみなさんも、慣れ親しんだ味の方が好きなようです。
第二夜:世界一安い一つ星レストラン添好運とバスク料理ni neuのコラボ
2夜目『ママ、ごはんまだ?』の会場は、映画祭メーン会場クルサールの隣にある「ni neu」(ニ・ネウ)。なんと今回は、「ni neu」のミケル・ガイヨによるバスク料理と、本場飲茶のコラボレーション・メニューだという。そこではるばるシンガポールからやって来たのが、「添好運」(ティンホーワン)グループのエグゼクティブ・シェフ、チャン・ヤシン。香港、台湾、フィリピンなどにも支店があり、“世界一安いミシュラン一つ星レストラン”の異名を持つ有名店だ。最初に、同店名物の酥皮焗叉燒包(チャーシューをパイナップル味のパンで包んだもの)や大根餅が出てきて、間違いのない味にさすが!と唸った。
左上から時計回りに、細かく刻んだ豚足とお米を混ぜてカリカリに焼いたソテーに、ニンニクソースを添えて
コラボレーション・メニューの開発はシェフたちの刺激になるという。ni neuのミケル・ガイヨと添好運のチャン・ヤシン
添好運の人気メニュー酥皮焗叉燒包。中にはトロットロのチャーシューが入ってる
チマキの中に豚足が潜んでた!(ni neu)
問題は豚足料理。『ママ、ごはんまだ?』の劇中、一青妙さんの亡きお母さんの思い出の味として豚足が頻繁に出てくるのだ。コラーゲンたっぷりで肌に良いのは分かっているが、オイリー過ぎてちょっと苦手。バスクの人たちも、あまり馴染みのある食材ではないという。戦々恐々と待っていたら、細かく刻んでカリッカリに焼いたものにニンニクソースを添えたものと、やはり食べやすくカットされたものがチマキの中の潜んでいた。うん、これなら食べられるとホッ。共に味わった白羽弥仁監督も「日本で撮影した時も本格的な台湾料理の食材を集めるのに苦労したのに、今日の料理は、それをバージョンアップし、気品も備えていた」と感動しきり。
第三夜:4年制料理大学バスク・キュリナリー・センターでミシュラン一つ星Kabuki
トリとなる『TSUKIJI WONDERLAND』の会場は、バスク・キュリナリー・センター。
ココは世界でも珍しい4年制の料理大学で、映画祭の料理映画部門の企画にも携わっている。つまり料理映画部門は同センターの学生たちに、映画を通じて世界の多様な食文化に触れ、招聘したシェフの元でスタッフとして働くことで(厨房や給仕は学生たちがボランティアで参加!)トップに直に学ぶという、教育の為でもあるのだ。
前菜のサーモンのスパイスソース。サーブするのは、バスク・キュリナリー・センターの学生たち
この夜のシェフは、マドリッド「Kabuki」のリカルド・サンツ。地中海料理を取り入れた和創作料理を極め、ミシュラン一つ星を獲得している。腕に自信アリ! ということで、地中海産の鯛とマグロを観客の目の前で捌くキッチン・ライブショーときたもんだ。新鮮な刺身はもちろん、あん肝をパンに載せて食するという初体験もあり。
左上から時計回りに、ライブキッチンショーで魅せたリカルド・サンツの華麗な包丁さばき
思わず金額を想像してしまうが……大トロ!
鯛の刺身やカルパッチョを前に思わず笑みがこぼれる
あん肝はパンに載せて。新たな発見(バスク・キュリナリー・センター)
なにより映画をリスペクトし、極めて真摯に忠実に、バスクの人たちに和食を食べてもらいたいというシェフの心意気に涙が出る思い。
マグロの刺身に感激ひとしお。『TSUKIJI WONDERLAND』の遠藤尚太郎監督
ディナーのあとは必ずシェフによるメニューの説明、監督の感想、そして観客とのQ&Aコーナーが設けられる。
和食はレベルが高いので映画祭側もシェフの人選、メニュー開発など、非常に緊張したという(バスク・キュリナリー・センター)
ちなみにディナーの料金は、水やワインなどのドリンク代込みで70ユーロ(約7910円)。料理映画部門開設当初は映画も見ずにディナーだけ楽しむ輩が続出した為、最近は映画鑑賞券(7.2ユーロ)とセットで予約するシステムになった。それでもスター・シェフの料理と映画が1万円以下で堪能出来るので破格値。3つ星レストランのディナーを普通に食べたら、軽く2、3万円は超えるもの。これが人気の秘密でもあり、ディナー参加者も映画関係者というより、地元の人が多い。皆、「この機会に憧れの店へ」と毎年、心待ちにしているそうだ。おかげで食を囲んでの異文化交流に花が咲き、隣のカップルに誘われて、リオハワインで知られるリオハ県の首都ログローニョという街で開催されていたワイン祭に連れてってもらってしまった。
映画祭の開催は毎年9月。計画を練って、ぜひ参加してみては? 特別な旅行体験が出来ることをお約束します。