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俳優生活15年・市原隼人、「部屋の隅で膝を抱え泣いた」役者としての覚悟を決めた日|dメニュー映画×コラミィ

    市原隼人

    俳優生活15年目の節目に、市原隼人が新境地をみせた。役にかける従来のストイックさはそのままに、パブリックイメージとしてある“動”から“静”へ。長野県の人里離れた閑散としたホテルに集まった人々の群像と、ほのかに光る希望を描いた映画『ホテルコパン』(2月13日公開)で、苦悩を抱えた元教師のホテルマンを静かに演じている。留まることなく進化し成長を続ける30代を目前に控えた市原に、役者として生きる覚悟を決めた瞬間や、意外な息抜きの時間を聞いた。

    イジメを苦に自殺した生徒への罪悪感から、逃げるように長野県白馬村にあるホテルコパンにやって来た海人祐介。感情を押し殺し、生きる事にも投げやりな男が今回の市原の役どころだ。アクションも、熱い言葉も皆無。「これまでは思った事や自分を前面に押し出すような役が多かったのですが、今回はとても内向的な役柄。声の出し方も表現も“魅せる”芝居は押さえて、自分の内側にある暗い感情を絞り出しつつ、そこにただ佇んでいるかのような存在を意識しました」と明かす。

    従来の“熱い男・市原”のイメージを覆すかのような役どころだが、役へのストイックなまでの取り組み方は変わらない。「最後の感情が爆発する場面までに、いかに自分の気持ちを持っていくかが大きなテーマでした。そこが一番苦しんだところで、気持ちを作り込むために撮影に入ってからは食事制限をして、感情を尖らせて、内にこもるような作業に集中していました」。デ・ニーロ・アプローチならぬ市原アプローチの結果、キャラクターの繊細さを表現する事が出来た。

    市原隼人

    市原のフィルモグラフィーを俯瞰してみると、“撮影期間中は飴玉一つで過ごす”“頭髪をスプレーで色付けする”などの驚きの役作りの逸話が目を引く。時にやり過ぎとも思えるこれらメソッドは、何をきっかけに生まれたのか?その問いに対して返ってきたのは、数年にも渡る市原の知られざる苦悩だった。

    デビュー映画『リリイ・シュシュのすべて』の時、市原は13歳。そこから若手注目俳優としてたちまちブレイク。話題作・ヒット作に名を連ね『ROOKIES ルーキーズ』でその人気は不動のものとなった。しかし現実と実感が追い付かず、「本当の自分は一体どんな人間なのか?」という自問が蓄積し「役者とは一体何だ?」という答えのない疑問に対峙してしまう。

    「10代後半から20代前半くらいまで、自分自身がわからなくなる瞬間があって。役者って一体何だろう?自分は何のためにやっているのだろう?と思い悩んでしまいました。部屋の隅で膝を抱えて、涙が止まらなくなってしまった事も……」と振り返る。

    悩み抜いたある時、そんな鬱屈した気持ちを切り替えてくれるものに気が付いた。それが役者の表現の場であり、市原が常に身を置いていた撮影現場だった。「現場で生きている監督や職人のスタッフの方々の後ろ姿を見ているうちに、答えのない苦悩を耐え抜いた人間こそが、カルチャーとして残る役者や表現者になるんだと感じたんです。その時に、新しい作品に声をかけてもらえる以上、替えが効かないような人間になるべく追求していくのが、自分の仕事であると思えましたし、そこから苦しむことがなくなりました」。これを契機として、作品に対するストイックな向き合い方が生まれる。

    肉体を鍛えるのも、すべて作品のため。「ボクシングや空手、格闘技、すべての力を出し切る事で一度ゼロになって、自分と向き合える時間が出来る。メンタル面も鍛えられるし、トレーニングして自分の中の力をすべて出し切った後のゼロの感覚も好き。作品という目標がなければ、まったくやらないと思います」と真剣だ。

    24時間ストイックなのかと心配になるが、肩の力を抜く時間もバランスよく作っている。ブログでも自ら作ったスイーツ(アップルパイ)を紹介しているが「昔からモノを作るのが好きで、料理も図工感覚。調味料を足してみたり、引いてみたり、そうする事で味にも変化が生まれて、試行錯誤を楽しんでいます。アップルパイは親に教えてもらって、昔から作っていますよ」。料理の趣味は、器用でもある証拠だ。

    市原隼人

    今年で俳優生活15周年、来年には30代に突入する。「素敵な方々とご一緒出来る機会が多かった。周りの方々から力を頂けたからこそ、今の自分がある。自分一人では15年も続けることは出来なかったはずです」と謙虚だが「墓の中に入った時に“市原隼人ってこんな人だった”と言われるよう、色々なものを吸収し、盗み、現場に立てている感謝と敬意を忘れず、すべてが通過点であると思える人間でいたい」と貪欲を隠さず、守りには入らない。

    「今の自分が一番したいのは、本気で泣いて本気で笑って、本気で悔しがることです。すべての作品や人と真摯に向き合って、真剣にこなしていかなければ本気は出ないので、やり切ったという事はなかなか言えないですが、達成感を何とか味わえるようになりたい」。一つもブレる事がない市原の“全身俳優生活”。今後どう化けるのか、興味の尽きないイイ男だ。

    (取材・文/石井隼人)

    この記事で紹介している作品

    ホテルコパン