文=ホリキリコハル
2016年、国際映画祭で次々と賞を獲得している3D短編アニメーションがある。『世界から猫が消えたなら』の原作者・川村元気がストーリーを書いた絵本を元に、ピクサーでアートディレクターを務めていた堤大介とロバート・コンドウのふたりが監督した『ムーム』だ。
捨てられてしまったものに残る思い出を取り出しては空に返す仕事をしながら、湖のほとりで暮らすムームが、泣いてばかりいるルミンと出会い、喜びと、それと同じだけの悲しみを知る物語が、光と影を生かした美しい色彩で描かれる。 赤い消防ハットをかぶったムームをはじめ、登場するキャラクターたちのしぐさ、湖から引き上げられるガラクタの数々にいたるまで、全てが愛らしい。原作が絵本であるので子ども向けと思われるかもしれないが、根底にある「本当に悲しいことは本当に幸せなことに似ている」というテーマは普遍的で、むしろ大人の心にグッとくる。大人も子ども楽しめる、心にしみるアニメーションだ。
(C)2016G.Y/W/MOOM FP
4月末に銀座のギャラリーで行われたトークイベントで原作者でありプロデューサーのひとりでもある川村は、「たとえば財布とか手帳とか、使わなくなった途端に急にくたびれてしまったように見えますよね。使っていた人から切り離されて、つながりを断たれた途端、物に精気が無くなって見えるのは何故だろうとずっと気になっていました」と語っていた。“ムーム”は、そんな物と人との思い出が生き物のようにキャラクターとなったら、という発想から生まれたのだそう。
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監督の堤大介とロバート・コンドウは、2014年、ショート・アニメーション『ダム・キーパー』を発表した。印象派の絵画のように美しいこのアニメーションは高く評価され、2015年アカデミー賞の短編アニメーション部門にノミネートされた。『ダム・キーパー』は全編手描きのアニメーションであったが、本作『ムーム』は、ふたりが所属していたピクサーでの手法を存分に活かしながら制作された、フルCGアニメーションになっている。
3DCGアニメーションそのものの制作については、作画監督、キャラクターモデルや背景作成、アニメーターにいたるまで、全て日本サイドで日本人スタッフが担当した。プロデューサーの石井朋彦は今回のプロジェクトで、日本の高いアニメーション技術とピクサー&ディズニーのノウハウをコラボレートし、インターナショナルに通用する作品をつくるということを目指していたようだ。その結果は、映画祭での数々の受賞で証明されつつある。
実際の作画を開始する前には、絵コンテに音も入れて編集されたビデオコンテが作られ、それは何度も変更・修正が重ねられた。監督、プロデューサー、クリエイター、それぞれの思いをきちんと言語化しながら練りあげられていったようだ。プリプロダクションと呼ばれる過程にたっぷりと時間をかけるこの制作スタイルは、絵コンテが出来上がるとすぐに作画に入らざるをえない日本のアニメーション作りとは大きく異なるらしい。
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日本で3DCGアニメーションを作る場合、キャラクターはデザイン画から直接3DCG化されることが多いようだが、『ムーム』では3DCG化の前にマケット(粘土模型)が作られた。キャラクターに直接触れたり、ぐるぐる回したりできるのは、3DCG化するクリエイター達にも大いに役立ったようだ。このマケットを作ったのは、元ピクサーのマケット職人アンドレア・ブラシッチだ。筆者も展覧会で実物を見たが、もとのデザインに磨きをかけた可愛らしさに感動した。 職人気質が過ぎてピクサーをやめた後も、皆がこぞって彼に発注しているという話もうなずける。また、本編中でも重要な要素となっている音響制作は『スター・ウォーズ』シリーズでおなじみの「スカイウォーカー・サウンド」が担当した。まさに日米の一流スタッフによるコラボレーション作品なのだ。
『ムーム』は、第10回カナダ国際映画祭で「最優秀アニメーションフィルム賞」、アメリカ・フロリダ州で行われたサンスクリーン映画祭で「ベストアニメーション賞」、USA国際映画祭にて「審査員特別賞」と、続々、国際的な賞を受賞しているが、石井プロデューサーによると既に約30の国際映画祭で公式ノミネートされているそうなので、今後も受賞ラッシュは続くと予想される。日本ではまず6月2日から26日まで開催される「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」にて上映されることが決まっている。6月5日には堤大介監督が登壇するトークイベント付き上映会も開催予定だ。現在のところ一般劇場公開は未定なのでお見逃しなく。
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